tasolife

オタクの備忘録

解散する大好きなバンドの話と推しの話

解散って文字がもう強い。

 いつも閲覧やスターありがとうございます。今回は解散してしまう大好きなバンドのことを考えていたら推しのほうまで思いをはせてしまいやるべき作業が手につかなくなったのでアウトプットを兼ねて書きます。なので文章がいつにもまして”散文”です。よろしくおねがいします。

 

 

AqauTimezが解散するという話 

 

www.aquatimez.com

 

Aqua Timezは私が人生で一番長い時間聴いてきたバンドです。そんな彼らが解散を発表したのが今年5月8日。

 今までと同じ熱量で、この先Aqua Timezの音楽を作ることが出来ない、

そして、そうなった以上、活動を続けていくことは出来ないという結論に至りました。

 というドラムのTASSHIの言葉をみて、ああもう本当にだめになっちゃったんだと思ったのが帰宅途中のいつもの道。薄々もうだめかも、と思うことが何回もあったけれど本人たちにこんな言葉を言われたらもうファンとしてはどうしようもないよねっていう。気が抜けたと同時に勝手に燃え尽きてんじゃねえよってちょっとキレた。それがその日の夜、AquaTimezのライブに一緒に行ってきた唯一の友人との電話口。何度も何度も所謂”大切なお知らせ”を読んで悲しくなったりイライラしたりちょっとずつ納得しようとしたり。

 

今までいろんなバンドが大切なお知らせを発表して活動休止したり解散したりするのを見てきた。そこそこ好きだったバンドのホームページが青汁の宣伝サイトにドメインを買収されてしまったのも見てきた(おもしろい)。それでも自分が一番好きな人たちは「まだやってたんだ笑」と言われながらも活動している。それをちょっと誇りに思いながらウォークマンに入れたアルバムを大事に大事に聴いてきたのだった。そういえば初めてこの人達好き!と思い聴くようになったのは小5の頃だから、もう軽く10年以上好きだった。初めて聴いたのは父の運転する車で流していたラジオ。ザラついたボーカルにどうしようもなく心奪われた。それまでジャニーズと母の好きなB'zくらいしかろくに聴いてこなかった私に衝撃を与えるには十分だった。思春期の多感な心に相当突き刺り、母に初めてジャニーズ以外のCDをねだった。歌詞を一生懸命ノートに書き写して何度も読み直したし、ちょっとでも辛いことがあるときには部屋にこもって(自分としてはこっそり)聴いていた。青春時代の相棒だった。

 

こういう書き方をするとあたかもその10年間本当にず~~~~~っと一途に聴いてきたようにみえるけど実際はいろんなバンドに浮気している。今もそうだ。しかもとあるツアーでの彼らを見て、こんな出来で出てくるならもう二度と行かないからな!とキレてその後数年間はライブはおろか新譜のお知らせが出ても全く聴かなかった時期もある。

 

ただ、解散のお知らせが出る少し前になんでか彼らにふと戻りたくなって、なんとなくタワレコへ行き、隅に並んでいた私にとっては新譜であるアルバムを買って来た。ただ忙しくて封を開けないまま棚につっこんでしまった。今でもなぜかはわからないが、終わりを予感するのが嫌だったのかもしれないと都合よく解釈している。解散すると聞いてあわててライブのチケットをとり、たった5000円であることに驚き、ああライブのチケットって安いなあもっと高くても行くのに*1と思いながらビニールをかけたままのCDを眺めた。

 

そして今日、ライブを前々日に控えようやく”新譜”二枚を開封して聴いた。

本当に良い。音楽の感想を表現することが下手なのでどうしても薄っぺらなことばになってしまう。本当に良い。全然流行りに乗ってない。いい意味でへんてこな曲もめちゃくちゃある。(ミックス茶…。)でも本当に良くて、聴いてるとじわじわあったかくなった。詳しい感想はきっと他にもっとちゃんと書いている人がいるのでそちらを見てください。興味を持ったら聴いてください。

 

アスナロウ

アスナロウ

 

 

 

二重螺旋のまさゆめ

二重螺旋のまさゆめ

 

 

さて、そんな最高のアルバム二枚を聴いた。アスナロウは正直あんまりピンとこなくて、うーんと思いながら二重螺旋のまさゆめを聴いた。これは仕方ないな、と思った。「最高傑作!」と発売時にも言われていたのを覚えている。本当に良いし、これ以上はないんだろうとも思ってしまった。そしてこれ以上をもし出しても傑作であることに気づけるのはごくごく一部の、AquaTimezをずっと応援し続けてきた人たちだけなんだろうとも思った。

 

心底悔しい。大好きだったのに、あんなに何度も救われてきたのに。自分はあれほど好きだったバンドの最期を看取る準備をできなかったのだ。

 

おたくが推しを推すのをやめるとき

おたくはいろんな理由をつけて推しを推すことを諦める。現に私もあの時のAquaTimezの、太志の態度を見て応援することを諦めた。もう無理だと思ってしまったのだ。おたくがおたくをやめたくなるときは一瞬だ。好きが大きすぎると肥大化したその好きを破裂させてしまうことは容易だからだ。それをかき集めて、もう一度純粋な好きに戻すのは至難の技だった。実際無理かもしれない。

 

いろんな不純物が混ざる。アレが嫌だ、コレが嫌だ。あのときはよかった、あの人はすごい。ああなってほしい、こうなってほしくなかった。そういうものが好きを邪魔して素直に好きといえなくなることがあまりにも多いのがおたくだと思う。でも本当にそれはもったいないことで、好きであることを諦める理由を自分から探しているに過ぎないのではないか。

 

今の推しは所謂出戻りだ。単純な担降りではなく、ある理由で推しが表舞台から消え、応援することができなくなったからだ。(その当時はクソガキで完全に在宅茶の間だったので当時からきちんと応援していた方たちからしたら何言ってるんだという話だけど。)でも、ずっと待っていた人はいた。私はひょんなことがきっかけでひょっこり出戻ったらこじらせてしまったただのしがないおたくだ。でも推しは昔を知っているファンのことを大切だと言う。嬉しいと言う。待っていてくれてありがとうとも言う。私は待っていなかったので曖昧な表情をするしかない。好きでいることを諦めずにいたら、もっと違う気持ちだったんだと思う。もう諦めるしかないんだろうとなんとなくフェードアウトしてしまわずに、ずっと待ち続けていたら私はあの公演もあのイベントもあのときの推しもちゃんとリアルタイムで追えたんだと思うとめちゃくちゃ悔しくないか。となると、”再会”に立ち会えなかった私はいつか来る”終わり”までは付き添いたい。それが今の私がおたくをする上での根底にある考え方だ。

 

一度推したいと思った人に対して推せなくなるということは本当に自分の力ではどうしようもない状況にならない限り訪れないのではないか。その時までどうにかこうにか応援する意思を持っていないと、絶対に後悔する。少なくとも私はそういう性格だと気付かされた。完全に断ち切ってしまうのではなく、少しでもいいからなにかつなげておかないと後悔する。ただ、応援できないと思うときは素直に自分の気持ちに従って休むべきだし、惰性で応援はできない。難しい。どうしたらいい。おたくはどうしたら推しを諦めることを諦められるのか問題。そこでどうどうめぐりになり、この文章をキレイにまとめることを私は諦めた。おたくのおたく辞めたい問題は続く…。

 

もしかしたら、推しのことを今後本当に好きでなくなる瞬間がくるかもしれない。推しに対して担降りもするかもしれない。私はこの記事を読んでア~恥ずかし!やめなさいそんなこというの!本当に嫌いになったの!と思うかもしれない。ただ、そのときはそのときということで。

 

 

 

今の私は、明後日が怖い。さよなら青春。

 

 

2018.8.20 追記

見てきました。めちゃくちゃ泣いて帰る中ふと気づきました。アスナロウがピンと来なかったのは、終わりが全く感じられないからだった。今聴くのが心底辛いアルバムだったから終わることを知ってから聴くとなんで?となるからだった。

ありがとう、Aqua Timez。きっとずっと大好きです。運が良ければ本当の最後の前にもう一度、横アリであいましょう。

*1:余談だが先日のダンガンロンパは前方確定シートが12kだった。特典がゴミだったので二度と取らない。